水樹奈々さんの歴史を、割とざっくり目の縦型年表にまとめてみました。
デビュー曲の発売日、オリコンの「声優初」記録、ほうきで飛んだ東京ドーム——昔からのファンなら「あったなあ」と頷ける出来事に、僕自身の思い出も混ぜ込んだ保存版です。細かい網羅性より「思い出せる」ことを優先しているので、そのつもりで読んでください。最近好きになった人が歩みをたどる予習にもどうぞ。
誰も興味がない黒っぽいネコと水樹奈々の(一方的な)出会い
年表の前に、少しだけ僕の話をさせてください。誰も興味がないのは知っています。
初めて水樹奈々さんの存在を知ったのは、PS版ゲーム『シスター・プリンセス』の亞里亞役でした。フランス人形のような可愛らしい幼女の役で、全編裏声のような高い声で喋っていたはずです。当時の僕はアニヲタ・声優ヲタではあったものの堀江由衣一筋だったので、正直それほど奈々ちゃんの亞里亞は刺さりませんでした。
しかし転機は2001年12月5日発売の1stアルバム『supersonic girl』です。当時なんとなくアニメイトに行ったら、CDの試聴機にこのアルバムがセットされていました。
「亞里亞の人か〜、どんな歌なんやろ?」
そう思って再生ボタンを押したことから、運命は動き出します。当時10代の黒っぽいネコ少年は、人生でそう何度もない衝撃に見舞われました。「え?声優ってこんなに歌上手いの?」——これが正直な感想でした。
失礼ながら当時の僕は、声優の歌なんてアニメありきのおまけやろ?と思っていました。実際、あの頃はそういう空気だった気がするんです。今でこそ「そもそも歌が上手い」がベースにある声優さんがいっぱいいますが、その常識が生まれる前の話です。
そこからはもう、水樹奈々という文字を見たら身体が条件反射で反応する状態になりました笑
あれは人生が変わる装置や
HISTORY|水樹奈々の歴史年表
愛媛県新居浜市に生まれる
1月21日生まれ。幼少期から演歌の英才教育を受けて育ち、将来の夢はもちろん演歌歌手。のちの「歌う声優」の原点は演歌にあります。
演歌歌手を夢見て15歳で上京
中学卒業後に単身上京。高校に通いながら養成所でレッスンを積む日々へ。ここで人生が声優の道と交差し始めます。
声優デビュー
ゲーム『NOËL〜La neige〜』の門倉千紗都役で声優デビュー。古参ファンの「どこから知ってる?」マウント合戦はだいたいこの辺から始まります。
シングル「想い」で歌手デビュー
12月6日、キングレコードから歌手デビュー。目指した演歌ではなくポップスでの船出でした。ここから四半世紀続くキング一筋の歴史が始まります。
亞里亞、そしてsupersonic girl
PS版『シスター・プリンセス』の亞里亞役。全編裏声のフランス人形のような幼女を演じました。そして12月5日、1stアルバム『supersonic girl』発売。僕の運命がアニメイトの試聴機の前で動いた年です(詳しくは上の余談を)。
フェイト・テスタロッサとの出会い
『魔法少女リリカルなのは』フェイト役。キャリアを語る上で外せない当たり役です。同年にはラジオ「水樹奈々のスマイルギャング」も始動。なのは放送後、それまで水樹奈々の「み」の字も発してなかったヲタ友が急にCDやライブDVDに手を出し始めて「お前今更かよ?」というやり取りをしたのもいい思い出です。
第1回アニサマで大トリ/ETERNAL BLAZE
記念すべき第1回アニメロサマーライブの大トリを務め、10月には『なのはA’s』OP「ETERNAL BLAZE」がオリコン週間2位。リアルタイムで見ていた僕には結構な衝撃でした。その勢いのまま10月31日にはフジテレビ「HEY!HEY!HEY!」に出演し、ダウンタウンの前で歌う声優が地上波ゴールデンに登場。「声優が売れる」時代の扉をこじ開けた1年です。
新宿コマ劇場で座長公演
演歌の殿堂・新宿コマ劇場で座長公演「水樹奈々大いに唄う」を開催。演歌歌手を夢見た少女が、形を変えて夢の舞台に座長として立ちました。この公演はシリーズ化され、両国国技館や幕張メッセで「伍」まで続きます。
声優初のオリコン1位、そして紅白へ
「深愛」の大ヒットでNHK「MUSIC JAPAN」に初出演。アルバム『ULTIMATE DIAMOND』が声優として史上初のオリコン週間1位を獲得し、年末には声優として史上初のNHK紅白歌合戦出場。記録づくめの当たり年でした。
PHANTOM MINDSがシングル1位
「PHANTOM MINDS」がオリコン43年の歴史で声優初の週間シングル1位。エタブレの2位から4年あまり、ファンとしてはずっとモヤモヤしていたので万感の1位でした。6月にはとんねるずの食わず嫌い王にも出演し、お茶の間への浸透も加速。『ハートキャッチプリキュア!』花咲つぼみ役で日曜朝の顔にもなりました。
声優初の東京ドーム2days
12月、声優として初めて東京ドームのステージに立ちました(LIVE CASTLE 2011)。ほうきに乗って場内を飛んだシーンは今でも語り草です。
シンフォギア始動
『戦姫絶唱シンフォギア』風鳴翼役。「歌いながら戦う」キャラクターはもはや本人の代名詞で、シリーズはその後10年近く続く長寿コンテンツになりました。
SUPERNAL LIBERTY、そして握手会
アルバム『SUPERNAL LIBERTY』発売。僕は発売記念イベントの握手会に参加しました。あのときの奈々ちゃんの手の小ささと温かさ、あと可愛さは一生忘れない思い出です。
女性ソロ初の甲子園ライブ
大の阪神ファンとして知られる本人が、女性ソロアーティストとして初めて阪神甲子園球場での単独ライブを実現(LIVE PARK 2016)。開催決定の瞬間に涙し、当日は豪雨の中37,000人が熱狂しました。
七夕に結婚を発表
7月7日、自身のブログで結婚を発表。日付の選び方まで美しいのがらしさです。
アニサマ20周年で大トリ
8年ぶり11回目のアニサマ出演で、歴代最多8回目の大トリ。第1回の大トリを務めた人が20周年の締めに帰ってくる、出来すぎた物語でした。
人生何があるかわからん
年表を眺めて思うこと
こうして並べると、「声優初」の記録をひとつずつ積み上げてきた人だとあらためて分かります。アルバム1位も、シングル1位も、紅白も、東京ドームも、全部この人が最初にやった。
個人的には、「歌う声優」という道そのものを切り拓いたのは林原めぐみさんだと思っています。ただ、その道を一般層にまで拡げたのは間違いなく水樹奈々さんです。紅白やゴールデンのバラエティに出て、声優の歌がお茶の間に届く景色を最初に作った人。アニメイトの試聴機の前で衝撃を受けた僕みたいな人間を、日本中で量産してきたわけです。
過去のステージを映像で振り返りたくなった人は、アニサマの歴代映像の見方をまとめたこちらの記事もどうぞ。
関連記事
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参考にした情報
年表の出来事は、僕の記憶に加えて以下の報道・公式情報をもとに整理しました。
- ORICON NEWS(PHANTOM MINDS声優史上初のシングル首位)
- ORICON NEWS(声優初の東京ドーム進出)
- アニメイトタイムズ(コマ劇場座長公演)
- リスアニ!(女性ソロ初の甲子園ライブレポート)
- アニメハック(甲子園開催決定に涙)
ざっくり年表なので、抜けている出来事は山ほどあるはずです。「これが入ってない年表は許せない!」というのがあれば、X(@nekonko)のリプで教えてください。年表は育てていきます。

















